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当サイトと、わが国における近年のオウィディウス挿絵研究史について

木村三郎

Ⅰ。公開までの経緯

 公開した、このオウィディウス・サイトは、1557年にフランス語に翻訳された『変身物語』が、その2年後の1559年にイタリア語訳された版を対象にしている。一方で、1619年に刊行された挿絵つきの変身物語を同じ挿絵を利用し、1651年に復刻された版もデジタル・アーカイブとして公開したものである。元来は、木村が研究代表者をつとめた、平成15~17年度の科学研究費補助金による共同研究の成果の一部であり、内容に関する経緯は、サイトに掲載されている新畑論文に紹介されている。

ここでは、こうした研究が誕生するまでの研究史を若干紹介させていただきたいと思う。
木村は、フランスの17世紀美術史、特にプッサンを中心としたその図像学研究に長く携わってきた。二十代でこのテーマに関心を持ち、その後も、基本的にその関心の対象を変えることなく継続して来た。そうした意味で、このサイトは、長い蓄積の上に成り立っているものともいえる。幸い、小野崎康裕川村学園女子大学教授、栗田秀法名古屋芸術大学准教授、新畑泰秀横浜美術館主任学芸員の各氏との出会い以来、長期にわたる共同研究を行うことができた。その共同研究の成果の内で、一般性のある部分は、拙著の『名画を読み解くアトリビュート』(淡交社、2002年)の中にご覧いただけるだろう。

 この共同研究グループの方法は、基本的にはフランスのソルボンヌ学派、あるいは、ルーヴル美術館学芸部がよりどころとしている実証性の高い美術史研究法に依拠している。しかしながら、一方では、図像学研究に強い関心をいだいているという事情から、ロンドンのウォーバーグ研究所の方法も学んで来た。フランス17世紀美術史の図像学研究において、一見矛盾しそうなその両者に橋を架け、歴史学としてより整合性のある学問をめざしてきたからである。木村が、今は亡き、ルービンシュタイン女史の支援を受けて、放送大学で、この研究所の内部を取材し放映してから歳月が流れた(拙著『美術史と美術理論』放送大学教育振興会、1996年、第15章も参照されたい)。放映の意図も、一次資料への取り組み方とその方法を具体的に紹介することにあった。その成果は、下記の科研報告書を参照されたい。

 また、今回の研究では、これも古くから、ドキュメンテーションの共同研究を行って来ている鯨井秀伸(愛知美術館主任学芸員)氏の参加をいただいたことで、一層強力なチームを作り得た。その成果はこのサイトの中にご覧いただけるものと信じている。ファン・ストラーテンの著書『イコノグラフィー入門』(ブリュッケ、2002年)の訳者としても知られ、イギリスへの留学をされ、情報工学についての高い見識を持たれ、美術史画像情報ドキュメンテーションの指導的な立場におられる氏の研究なくして、このサイトは存在しえないからである。

なお、当小論は、『17世紀フランスにおけるオウディウスの挿絵と絵画の関係についての総合的研究』(平成15年度~17年度 科学研究費補助金「基盤研究(B) 一般Ⅰ、研究成果報告書、2006年3月、研究代表者 木村三郎」の中の、「オウィディウスの挿絵研究とデジタル・アーカイブ作成」(p.71)を改訂したものである。また、この研究は、一部、日本大学芸術学部研究費による支援(平成17年度~20年度)を得ている。


Ⅱ。西洋近世美術史において、美術作品とオウィディウス『変身物語』との関連が論じられた、近年の主要な邦文学術論文(雑誌・科研報告書等を中心に)

凡例:下記の文献の中には、必ずしもオウィディウス『変身物語』を、研究の主対象としては扱っていないが、神話図像論としてその関連性が参考になるものは記述してある。

1988 新畑泰秀「ニコラ・プッサン作《サテュロスに跨がるニンフ》(カッセル州立絵画館蔵)について」 『鹿島美術財団年報』16,p.315-328

1995 新畑泰秀「ニコラ・プッサン作《フローラの王国》(ドレスデン絵画館所蔵)について」『上原和博士古稀記念美術史論文集』p. 115-137

1995 新畑泰秀「ニコラ・プッサン作《フローラの王国》(ドレスデン絵画館所蔵)について―その図像的源泉を中心に―」、『成城文藝』156,p.86-121

2000宮島綾子「ニコラ・プッサン作《バッコスの幼年時代》」『早稲田大学大学院文学研究科紀要』46,p.151-168

2001 細野喜代「ティツィアーノ作《エウロペの略奪》の意味および形態の源泉」、『美術史』151,p. 107-121

2001 望月典子「ニコラ・プッサン作《二人のニンフと蛇のいる風景》の作品解釈」『美術史』151,p.137-151

2001 小川浩史、「ジュゼッペ・アルチンボルドの「合成肖像」に関する試論―《四季》、《四大》お呼び《ウェルトュムヌスとしてのルドルフ二世》における身体と王権の表象―」、『美術史』151,p.122-136

2002 宮島綾子、「ニコラ・プッサン作《バッコスの幼年時代》―子供の表現をめぐって―」、『早稲田大学大学院文学研究科紀要』46,p.151-168

2002望月典子「ニコラ・プッサンにおける古代美術の受容」『鹿島美術研究』19,p.146-160

2003 望月由美子、「ジュリオ・ロマーノ作パラッツォ・デルテの《鷲の間》に関する一試論―政治メディアとしてのフェデリーコ・ゴンザーガ二世の寝室」、『美術史』154,p.305-318

2004 金山弘昌「太陽神の宮殿(レギア・ソリス) : ベルニーニによるルーヴル宮第1計画案の着想源と象徴的意味内容」『日本橋学館大学紀要』3, p.53-73

2004宮島綾子「ニコラ・プッサンとその周辺のフランス人画家における古代受容の一様相」『鹿島美術研究』21,p.228-242

2004 保井亜弓『古典主題と北方美術《ピュラムスとティスベー》図像の総合的研究』(平成14-15年度、科学研究費補助金・基盤研究C(2)研究成果報告書

2006 栗田秀法「オウィディウスの挿絵とプッサン―《エコーとナルキッソス》をめぐって」、『名古屋大学研究紀要』27,p.39-54

2006望月典子「ニコラ・プッサン作《バッコスの勝利》と《パンの勝利》」『美術史』160,p.298-315

2006 森洋子「失われたブリューゲル・・・ベルギー王立美術館」の《イカロスの墜落》は誰が描いたのか」『芸術新潮』10,p.107-115

2006 小野崎康裕「オウィディウス『変身譚』と17世紀フランス美術の関係を巡る研究・・・古代ギリシャ『変身譚』の系譜・・・オウィディウス『変身譚』成立への前史」上記科研報告書『17世紀フランスにおけるオウィディウスの挿絵と絵画の関係についての総合的研究』p.7-38

2006 新畑泰秀、「オウィディウスの《変身物語》―16・7世紀の挿し絵本とフランス絵画」、同上報告書p.39-44.

2007 安室可奈子 「フランソワ・ブーシェ≪水浴のディアナ≫--その作品名の変遷について」『愛国学園大学人間文化研究紀要』9, p.27-32

2007 木村三郎「版画家ユベール=フランソワ・グラヴロの挿絵についてのノート」『日本大学芸術学部紀要』46,p.55-62

2007 森洋子「失われたブリューゲル・・・ベルギー王立美術館の《イカロスの墜落》の真筆性の問題と寓意的な意味」『明治大学教養論集』420,p.83-115(『ブリューゲルに魅せられた』未来社、2008,p.103-130に再録)

2007 中川裕美「オウィディウス・挿絵・アーカイブ--デジタル時代の図像学を考える」『日仏美術学会会報』(シンポジウム報告)27, p.61-65

2008 木村三郎「ルネサンスからバロックにかけて描かれた《アポロとダフネ》の図像展開について・・・・ルーベンスとプッサンの周辺」『日本大学芸術学部紀要』48,p.55-72

2009 木村三郎「版画家イザーク・ブリオについて・・・・1610-20年代のパリの視覚文化の一面」『日本大学芸術学部紀要』49,p.69-93

2009 小野崎康裕「イオの遍歴(1)オウィディウスへ至る物語伝承の一側面」『川村学園女子大学研究紀要』20(2) ,p.171-185

2009 宮島綾子「幼いプットーを巡って」『ルーヴル美術館展』新国立美術館、p.221-228,266-270

2010 安室可奈子「1732年版オウィディウス挿絵本とアムステルダムの出版事情」『愛国学園大学人間文化研究紀要』12, p.55-67
2010 望月典子『ニコラ・プッサン・・ 絵画的比喩を読む』 東京、慶應義塾大学出版会

2011 安室可奈子「ディアナの休息と狩の獲物・・17、18世紀絵画におけるディアナ主題の図像伝統」『愛国学園大学人間文化研究紀要』13, p.1-16


なお、この文献リストは、日本大学大学院芸術学研究科、造形専攻修了の石上彰子氏による調査が基礎となっている。